-第一章・第一印象は最低最悪!-




プロローグ:賭け/千景視点
「だからぁ、一人暮らしくらい良いじゃないか! 今時過保護なんだよ、母さんは!」
昼下がりの近江家に怒声が響く。
誰の、かと言えば。
勿論、この家でこんな風に怒鳴る精神年齢が子供な人間は、一人しかいない。
…いや、自覚はしてないけど…散々言われる…。


俺の怒声に対して、母さんは溜息を吐きながら振り返った。
「お兄ちゃんだって出ていかなかったでしょ? アンタも…」
「兄さんは兄さん、でしょ? 俺は、一人暮らしがしたいの。 何度も言わせないでよ」

揉めているのは、俺の進学先の事だ。
と言っても…高校を卒業してからの事で、まだまだ当分先だ。
コレを今から揉める…と言うのも、何だか不毛な気がするけど…。
この母は筋金入りの頑固者だから、今からお願いしておかないととても聞き入れてくれないだろう。


それから口論すること数分…。
母は、折れたように溜息を吐いた。
「……そんなに一人暮らしがしたいのね?」
「うん」
母の問いに即答する。
当然だ。
兄さんの保護下から、早く離れたいし…。

頷いた俺に、母は何故か、ニンマリと笑った。
あ…嫌な予感が……。
「アンタ、確か演劇やってたわよね?」
「………中学の時は、そうだったけど…それが…?」
声音が、いかにも「企んでます」と言う風で、少々自分の顔が引きつるのを感じた。
そして数秒後、その予感はズバリと的中するのだった。


「千景、母さんと賭けをしましょう」
「賭け…?」
意味深な台詞に、思わず首を傾げる。
母さんはニヤリと笑って、人差し指をピンッと一本立てた。




「高校に、女装して女として通いなさい。そして誰にもバレる事なく三年間過ごせば、アンタの要求を呑んであげるわ」




目が、点になった。









01:優等生の印象/千景視点
私立西埜学園、入学式。
折角の名門校の入学式なのに、俺の心はブルーだった。
普通なら、ドキドキしながら校長先生の挨拶なんかを聞いてるはずなのに…。

何でこんなにハラハラしながらココに座ってるんだろう。



結局、あの時の賭けを受けた俺。
すると母さんは、まるでこうなることが分かっていたかのように迅速に動き、手続きを済ませてしまった。
制服までその日の内に用意してきた。
何でこう、母さんは下らないことにばかり機敏に動けるんだろう…。
なんか、昔読んだ漫画の影響でこういうのに憧れてたらしい。
だからって息子で実施するなよ…。

考えれば考えるほど、溜息ばかり出てくる。


「答辞」
凛とした声が講堂に響いて、思わずハッと舞台へ目を向けた。
舞台に立っているのは、いかにも優等生と言う風貌の男子生徒だ。
確か、入試成績トップ…が、答辞を読むんだっけ…。
じゃあこの人がトップ……。
凄いなぁ…。
俺なんか必死に勉強して入ったけど…きっとこの人なら、スルッと入っちゃったりしたんだろう。
……まぁ、勝手な想像だけど。
「………新入生代表、観月悠斗」
その言葉で、答辞は締めくくられた。
小さく彼が礼をする。
その姿も様になっていて、男の俺でも格好良く感じた。
…いや、女装してますけどね。

やっぱ、男としてもああ言うのって憧れるなぁ…。
俺ってあんまり取り柄ないから…。
取り柄…と言えば、この女顔くらいかな?
……嫌な取り柄だなー…。


こうして物思いにふけっていると、あっという間に式は終了した。








02:女生徒として。/千景視点
教室は、凄く騒がしい。
みんな思い思いに行動しているからだろう。
特に女の子は、もうグループが出来はじめている。
女の子って柔軟性あるよなぁ…。
…あれ…。
でも、俺今女装してるから…。
もしかして、女子としては孤立してる…?

「ねぇ」
「はぅぁっ!?」
唐突に後ろから声をかけられて、思わず変な声をあげてしまった。
その声の大きさに、教室は何故か静まりかえる。
そして、視線は俺に集中した。

………は…恥ずかしい…。

「あ…アハハハハ……ごめんね、ビックリして変な声出ちゃった!」
苦し紛れに、誰に言うでもなく言い訳をする。
すると、クスクス笑われながらも、どうにか注目されている状況は防ぐ事が出来た。
また、みんな各々の行動に戻っていく。
その様子に一安心しながら、俺は後ろに振り返った。

可愛らしい笑顔を浮かべて俺の後ろの席に座っていたのは、メガネの女の子だった。
「驚かせちゃった? 私、斎藤美弥って言うの。良かったら話とかしない?」
「あ…えっと、私は近江千景。私も、丁度暇だったの」
気さくに笑う彼女に、不自然のないように笑い返す。
彼女は、俺の様子に、更に満足げに笑った。


「近江さんって、どこの中学? 朝倉? 南第三?」
「あ、県外から来たの。高校になるのを機に、ココに引っ越してきて」
「へぇ、そうなんだ! 何県?」
「神奈川。斎藤さんは?」
「美弥で良いわよ。私は朝倉中学。この近くにあるのよ」
「あ、じゃあ私の事も、千景で良いから」

そんな、他愛もない話をしていく。
ちなみに県外から来たと言うのは嘘だ。
だって、こうでも言っておかないと、ボロが出そうだから…。
神奈川には、祖父母が住んでいる。

それにしても…。
この、美弥と言う子は、なかなか表情がクルクルと変わる明るい子だ。
話しやすいし、きっと友達が多いんだろう。
こういう子なら何とかボロを出さずに会話出来そうだ。
最初に会話したのがこの子で良かった…。








03:優等生くん/千景視点
「そう言えばさ、あの答辞読んでた子いるじゃない?」
「えーっと…観月くん、だっけ?」
「そうそう、観月悠斗!
 私一緒の中学だったんだけどさ、両親がお医者さんですっごい金持ちなんだって。しかも運動神経抜群で、新入生代表…」
「うわぁ……なんか、完璧人間って感じだねー…」
「そうよね。神様って絶対、平等じゃないわぁ」
確かに……。
金持ちで運動神経抜群で成績優秀なんて…。
今時そんな、漫画みたいな人間がいるんだな…。
そんな風に生きれたら、きっと最高だろう。

母親と賭けやって女装なんかしてる俺とは別世界だ…。
凄く羨ましいな…。
世界が遠すぎて、実感があんまり湧かないけど。

ボンヤリと、そんな事を思っていた矢先。
不意に、教室の扉が開いて、今までざわめきに満ちていた教室内が一気に鎮まった。
そんな静けさを気にも留めず、カツン、カツンと足音だけを響かせて、彼は無言で教室に入ってきた。
そして、窓際の一番後ろの席に座る。
無言で座った彼に対して、俺も気が付けば、彼を黙って見ていた。

「あれ…答辞の……」
「うわぁ…あんな優等生いたらこのクラス平均上がるなぁ…」
「間近で見るとホントにモデルみたいね…」

ヒソヒソと、周囲から彼への囁きが聞こえる。
きっと彼にも聞こえているだろうが、彼は綺麗に無視していた。
それどころか、本まで読み始めた。
なんか、慣れてる…って感じだ…。
こんなのあんまり、良い気分しないはずなのに。

優等生って、意外に大変なのかも…しれない。


そのざわめきが完全に静まったのは、数分後、先生が入って来た時だった。









04:優等生くんっ!?/千景視点
「ねぇ、千景。カラオケ行かない?」
帰りの支度をしていると、美弥からそんな風に誘われた。
今日購入した教科書類を詰め込みながら、振り返る。
見れば、美弥の他に一人の女の子と、三人の男の子がいた。
「うーん…教科書買うのにお金使っちゃったんだけど…」
「あぁ、それなら大丈夫!男子組が奢ってくれるそうだから」
美弥が胸を張って言うと、男子三人はニヘッとだらしなく笑った。
一応、俺も男子なんだけど…。
まぁ、奢って貰えるなら別に良いか。

「じゃあ、ちょっと待ってて。すぐ戻るから」
彼らに軽く返事をして、俺は駆け足で教室を出た。
どんなに女装してたって…人間だもの、生理現象はある。
さすがに、女子の方へ入るわけにもいかないし、男子だってココじゃ目立つから…。
さっきもらった地図を辿り、俺は、旧校舎への道を走った。



今日は入学式。
さすがに部活勧誘もこんな所ではしていないのか、旧校舎付近は静まりかえっていた。
人気がなさすぎて、逆に不気味だ。
誰もいない旧校舎を歩けば、ギシギシと辺りに音が響いた。
木造校舎は床も木造で、歩き度に軋む。

廊下の一番突き当たりにあるトイレの、男子の方へ、俺は入った。
あまりに人気がなかったので、誰もいないかなんて、確認せずに…。
それが、いけなかったのか…。


トイレに入った途端、妙な匂いに気が付いた。
煙の匂いだ。
しかもただの煙ではなく…。
「タバコ……?」
思わず、声に出てしまう。
すると、奥の方でガタッと何かが動くような音が聞こえた。
と、次の瞬間には。
奥の方からユラリと人影が現れ、背中にあった壁に、俺を押し倒した。

木造の古い壁に、ダンッと鈍い音を立てて背中が打ち付けられる。
痛みに顔をしかめる間もなく、タバコを持っている方の手が、顔の横にバンッと突っ張られた。
反射的にギュッと目を瞑るが、なんとか根性でこじ開ける。
こんな事をしているヤツの顔を、見てやろう、と。

そして。
目に飛び込んできた顔に、俺は自分でも分かるくらい目を見開いた。
「なっ……えっ…?」
「………」
混乱してまともな言葉も出てこない俺に、彼は黙って睨むだけだ。
俺の困惑は、最高潮に達していた。


だって、目の前にいる、この冷たい目をした男は……。

あの、優等生くん、観月悠斗だったのだから。









05:誤算/悠斗視点
旧校舎なら誰も来ないだろうと気を緩めていたのが、間違いだった。
学校で吸うなら気を配るべきなんだ。
だけど家で吸えば、父も母も吸わないのですぐにバレる。
タバコなんて…もしバレれば、どんな事をされるか分からない。


俺は常に、優等生でなければいけないんだ。
だから、気を配らなくてはいけなかったんだ。
この少女に見られた事は、大きな損害になる。
ここで教師にでも言いつけられようものなら…。
それこそ終わりだ。

だが…どうしてこの子は、男子トイレなんかに入って来たんだ…?
俺の記憶力が正しければ、確か同じクラスの…近江千景。
自己紹介の時、そんな風に言っていた。
見たところ普通の女の子だが……。

突っぱねた腕の中の彼女を、無言で見下ろす。
彼女は、困惑を隠せない様子で、僅かに震えながら口を開いた。
「なんでっ……タバコ、なんて…」
「……今時、珍しくないと思うけど?」
「だ、だって、なんかっ……その…」
語尾が徐々に小さくなっていく彼女。
彼女の言いたいことは分かる。
『優等生がどうして…』だろう。
まぁ、思われて当然か。









06:違和感/悠斗視点
彼女の顔の傍で、わざと音が鳴るように壁にタバコを押しつけて火を消しながら、俺は彼女の顎を片手で掬い上げた。
彼女は、ビクッと大きく震え、反射的に俺から逃れようと動く。
だが、タバコを持っていた方の手で、彼女の腕を掴んで制し、彼女の顔に自分の顔を近づけた。
もう少しで、キス出来る距離だ。
「ココで見たこと、誰かに言う?」
「………言うって、言ったら…」
「君をココで犯して写真撮って、ネットでバラ撒く」
「なっ……」
「出来るよ?なんならすぐにやってやろうか?」
驚愕して青ざめる彼女の上着に、手を掛けた。
慌てて抵抗しようとする彼女の唇を自分の唇で塞ぎ、動きを弱める。
「んっ…!? んーーっ!」
…この反応は、もしかして初めてなのか?
今時純粋な子だ。

ボンヤリ思いながら、ボタンを外して、前をはだける。
そこで、俺は。
違和感に気が付いた。


胸に、あるはずのモノが、ない……。
小さい、と言うより、ない。
まるで自分のソレのように、真っ平らな……胸……。
……………まさか。

パッと唇を離すと、彼女は力が抜けたようにその場に崩れた。
ソレを見下ろしながら、キスの時に流れた唾液を拭い、言葉を投げかける。
「君………まさか……」
「………」
彼女は、黙って俯いている。
キスの間ずっと息を止めていたのか、少し息があがっていた。

その様子を見れば、本当にただの女の子なのに…。
胸、を見て、脳が現実に引き戻される感覚を覚えた。









07:秘密の駆け引き/悠斗視点
「まさか、おかまっ…?」
「ち、ちがうっ! コレには事情があるんだ!」
指を指して言ってやれば、彼女は慌てて否定した。
嘘は吐いていないようだが…。
……おかまの他に、何と思えと…?

「……あの…訳話すから、黙って聞いて…」
自分でも分かるくらいに顔をしかめて見下ろす俺に、彼女は溜息を吐いて語り始めた。
俺は、何も言わずに彼女を見下ろした。



「……と、言うわけで、母さんとの賭けでこんな格好してるんだ」
説明を聞いて、呆れるやら何やらで感情がいっぱいになった。
普通、一人暮らしの為にそこまでするのか…?
いや、人それぞれかもしれないけど…。
俺には理解できない…。
そもそも、だ。

色白の肌。
大きくパッチリとした目。
恐らくカツラだろうが、それでも似合いすぎるロングの髪。
スラリと伸びる四肢。

男でここまで女装が似合うのは、どうなんだろう…。
「……それで…もし俺が他の誰かに君が女装だってバラしたら、ヤバイんだよな?」
問いかけに、コクリと頷く彼女…いや、彼。
その真剣な様子に、俺は内心で笑みを浮かべた。
「こうなったのも何かの縁だし…こうしないか? お互いに秘密を守り合うんだよ」
「え…?」
小首を傾げる彼に、俺は言葉を続ける。
「お互いにヤバくなったらフォローしあう。どうだ?」
「……それって、不良の手伝いしろって事?」
「もし俺が不良ってバレたら…君の女装もバラす」
半ば脅迫だ、コレは。
別に、互いに秘密を守る、でも良かったかもしれない。
だが…ここで、彼との繋がりを切りたくない気がした。
何故かは分からないが、無性にそう思った。


彼は、数秒考えてから、漸く首を縦に振った。









08:初めてだったのにっ…/千景視点
優等生だと思っていた相手の印象は、一日の内に「不良の最低男」に変わった。
こんな所で隠れてタバコは吸ってるし…。
しかも「誰かに言いふらしたら犯す」とか言いながら人を押し倒すし。
それに、何より……。


ファーストキスだったのにっ…!!


さっきの強引なキスの感触を思い出すだけで、心のどこかに寒い風が吹いた。
あぁ、泣きそうだ……。
もうなんか、一度にいろんな事が起こりすぎて…。

……そう言えば俺が座り込んでるこの床、トイレの床じゃないか…!!
いろんな事が起こりすぎて、ナチュラルに気が付かなかった。

あわてて立ち上がると、すぐ間近に彼の顔が出現して、ドキッとする。
彼は、自分の要求が全て上手く行ったのが嬉しいのか、満足げに笑っていた。
その満足げな笑顔が気に入らなくて、内心ムッとする。
「いい加減に、どいてくれない?」
「……あぁ、悪い」
不機嫌が露わになっている俺の言葉に、何故か若干間をおいて後ろに一歩下がった。








09:嫌なヤツ/千景視点
壁にふと目を向ければ、先ほど彼が押しつけたタバコの後が、黒く残っている。
ちょっと焦げ臭い。
「……ねぇ。別に説教するわけじゃないんだけどさ」
「ん?」
俺の言葉に首傾げる彼を一瞥してから、下に落ちていた、タバコの吸い殻を拾う。
フィルターの部分が少し湿っていた。

そのタバコを、ピンッと縦に立てて、彼の顔と俺の顔の間に持っていく。
「コレは、体に悪いからやめた方が良いよ」

俺の言葉に、彼は一瞬ポカンとした表情を浮かべた。
だが本当に一瞬で、次の瞬間には声をあげて笑い出した。
「なっ…何笑ってんのさ!」
「はははっ…いやいや…君、面白いなぁと思って」
「面白い…?」
俺が怒気を含ませて顔をしかめても、彼は、頷きながら含み笑いを続けた。
俺は全然、面白くない。

ジッと見つめていると、笑いすぎて滲んだ涙を拭いながら、彼は口を開いた。
「だって…さっきあんな事やられたばっかりなのに、次の瞬間には説教って……」
そこまで言って、また、「あははは」と笑い出す。
俺は、自分の顔が熱くなるのを感じた。
多分真っ赤だ。
「だ、だから説教じゃないってば! ちゃんと真剣に聞いてよ!」
「はいはい。そう言うことはまず、服を整えてから言ったらどうだ?」
必死に言っても、そうやって軽くあしらわれる。
あぁ…なんかムカツク…!

………ん?
って、服………?

「ああぁ!」
さっき脱がされたままだと言うのをすっかり忘れていて、俺は慌ててボタンを留めた。
そんな俺の様子を、彼は面白そうに見ている。









10:意外と良いヤツなの…?/千景視点
「なぁ。『近江』って呼びにくいからさ。『千景』って呼んで良い?」
不意に、突然、彼は言った。
丁度ボタンも留め終えて、俺は顔をあげる。
彼の表情は、数分前の冷たい表情が嘘のように、穏やかな微笑を称えていた。

あれ…?でも…。
俺、名前名乗ったっけ…?
「何で名前……」
「自己紹介してただろ。教室で」
あ、なるほど。
って…もしかしてクラス全員覚えてんのかな…?
凄い記憶力…。

「で…良いの?」
「あ…」
素直に感心していると、質問に答えるのを忘れてしまっていた。
内心で少し慌てて、彼の問いかけに答える。
「良いよ、別に。俺も悠斗って呼ぶから」

………ん?
なんか俺、コイツと何で仲良さげに話してるんだろう…?
さっきあんな事されたのに、何で……?
……コイツってなんか、不思議な雰囲気…。
悪いヤツじゃ、ないのかも…。


「それにしても」
思考にふけっていると、彼が言葉を切りだしたので、俺は彼に目を向けた。
そんな彼の表情は……何故か楽しそうに、笑っている。
「君、キス初めてだったの?」

戯けた言葉を聞いた瞬間、思い出したくないことがフラッシュバックした。








11:撤回!!/千景視点
そうだ、そうだ…。
俺は…俺は、男と、キスを……。
しかも、ファースト……。

漫画なら絶対に「ガーン」とか言う効果音が流れそうな心境の俺に、彼は、何を思ったのか耳元に顔を近づけた。
そして、吐息が掛かるほどの距離で、囁く。

「座り込むくらい、俺のキスが気持ちよかった…?」

ブチッ、と。
テノールの声音を聞いた瞬間に、俺の中の何かが切れた。
例えるなら、そう。
堪忍袋のなんとかだ。

次の瞬間には。
間近に迫った彼の顔を、思いっきり平手で引っぱたいていた。



最低、最低、最低、最低!!!
悪いヤツじゃないかも、なんて、撤回だ!
最悪最低の性悪男!

「気持ちよかった?なんて、普通聞くか!?」

思わず、大声で叫んでしまう。
旧校舎の広い廊下には、俺の声が満遍なく木霊した。
が、今はそれもあまり気にならない。
とにかく腹が立って腹が立って仕方がない。

こんな時は、パーッとストレス発散するのが一番だ。
例えばボウリングとか、カラオケとか。
……………カラオケ…?


「あぁ!カラオケ!」
すっかり忘れていた約束に、青ざめる。
きっとみんなイライラしながら待ってるに違いない…。

のんびりしちゃいられない…!

俺は、慌ててみんなの待つ教室へ向かって駆けだした。










12:気になる、あの子/悠斗視点
引っぱたかれた頬がジンジン痛んで、しばらく呆然とした。
鏡を見れば、赤く晴れ上がっているのが分かる。
真っ赤な手形は、くっきりと目立っている。
思いっきり叩かれたな……。
でも…叩かれて当然、か…。

今思えば、何であんな事を言ったんだろう…。
……でも、真っ赤になった顔は、可愛かった。
…………ん?
あれ?これってもしかして、好きな子ほど虐めたくなる小学生の心境…?

って、相手は男!男だぞ!
勘違い勘違い…そうだ、勘違いに決まってる。
あの子が女装してたから、混乱しただけだ!
でも………可愛かった…。
って、何考えてるんだ、俺っ!
しっかりしろ、観月悠斗!
俺はノーマルだ!

…………けど…。
性別の概念を取っ払えば、俺のタイプの子だ。
あんな風に説教されたのは初めてで、あんな…。
あんな、真剣な目で見つめられたのも、初めてだった。

「女だったら良かったのに…」
ポツリと呟いた声は、鈍く、トイレの中に反響した。










13:本日を締めくくる衝撃発言/千景視点
結局あの後、美弥たちになんとか謝ってカラオケには行った。
だけど全然盛り上がる気分になれなくて…なんか、怒りやら何やらで頭がぐちゃぐちゃだ。

校舎を出た辺りまでは、怒りでいっぱいだったのに。
なんで…こんな気持ちになってるんだろう。
………きっと…。
タバコを吸ってた時の悠斗の表情が、少し、寂しそうに見えたからだと思う。
チラッとしか見えなかったから、錯覚かもしれないけど。
彼をあんな表情にさせているのは、何なんだろう。


その理由ばかりを考えて、他の事はおろそかになってしまったくらいに。
俺は、あの時の事が気がかりだった。

なんでこんなにも…こんな、にも………。


「…観月悠斗かぁ…」
明日、クラスで会ったらなんて言おう?
思えば、引っぱたいて来てしまったんだ。
ちょっと気まずい…。

「ねぇ、お兄ちゃん。学校どうだった?」
「ん?」
夕飯のみそ汁を作っていると、不意に、妹から問いかけられて俺は振り返った。
彼女は、俺の手伝いと言ってタマネギの皮を剥いてくれている。
包丁は…小学三年生にはちょっと危ないので、持たせられないけど…。
「最悪に決まってるだろ? なに、改まって」
「ううん。ただ……」
「ただ?」
問い返すと、彼女は少し目を伏せた。
後ろめたいことなんだろうか。
何で俺の学校のことが後ろめたいんだ…?

首を傾げつつも彼女の言葉を待って数秒。
彼女は、剥き終えたタマネギをボールに放り込んでから、口を開いた。


「さっきから溜息ばっかり吐いて、恋する乙女みたいな顔してるから」

……………………。

「は?」


真顔で紡がれたその言葉は、今日の出来事を締めくくるのに相応しいくらい、衝撃的だった。









第二章へつ・づ・く★






〜あとがき〜
なんかもう、いきなりやっちゃったよ感が丸出しな感じですね。
何なんでしょう悠斗は。
タラシでしょうか。
天然タラシなんでしょうか(繰り返すな)
今回は出逢い編なので、極力ラブシーン避けたんですけど…。
むしろピンポイントで通過しちゃいましたね、ゴメンナサイ(平伏)
悠斗のキャラがまだ固まりません…。
何でこんな馬鹿なキャラになったんだろう…。
策士って初期設定にあるのに、何でだろう…(ホントに)

はい…最後に次回予告です。


〜次回予告〜
はーい、今回の予告担当者は美弥ちゃんです★

みんな、しっかり聞いてねv


翌日、普通に挨拶を交わして弁当まで一緒に食べる悠斗と千景。

が、その場面を新聞部の白木真琴に目撃されてさぁ大変!


翌日の学校新聞でデカデカと張り出されてしまい、二人は学校中の注目を集める事に。

さてさて、どうなる!?

どうする、この状況!

二人は互いの秘密を守りきれるのか!?


次回、第二章・暴走、白木さんの恐怖!

次回もテンション高めで、お楽しみにっ★





ブラウザを閉じてお戻りを。






























女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理