-第三章・遠足はトラブル満天…!?-





39:遠足の日/千景視点

あの騒動から数日が経ち、桜も徐々に散り始めた。
四月二十九日…この日、高校生活最初の行事が訪れようとしていた。
そして……俺にとって、高校生活最初の、トラブルが起ころうとしていた。

「千景、途中まで一緒に行こう」
朝の支度をしていた時に、兄さんがそう言った。
見れば、いつものこの時間ならまだ寝間着姿なのに、今日は既に着替えている。
「あれ?今日は早いね」
「あぁ、今日から毎週金曜は、院内清掃するらしいから。ほら、最近の医者って運動不足って言うだろ?体力作りの一環でな」
「へぇ…頑張ってね」
革靴を履きながら答えた兄さんの言葉に、少しだけ苦笑しながら返した。
なんというか……白衣を着た医者や看護士が院内清掃をしているかと思うと…。
ちょっと、微笑ましくて笑える。

「ん?なにニヤニヤしてるんだ?」
「あ、ううん。なんでもない」
靴をはきおえて顔を上げた兄さんの言葉に、内心焦りながらも適当に誤魔化した。
兄さんは、少しだけ首を傾げていたけど、さして気にする様子もなく。

そのことに内心安堵しながら、俺は兄さんと二人で家を出た。


「今日、遠足だろ? 一緒に回る友達出来たか?」
「遠足は班行動だよ。まぁ、一応出来たけどね」
「そっか。そりゃ良かった」
兄さんとの会話は、尽きることがない。
ほぼ、兄さんから話を振ってきて、色々質問してくるからだ。 兄さんはよく喋る。
これが、病院では「クールで知的な先生」と言われているんだから、不思議だ…。
そりゃあ確かに、顔は…悪くは、ないけど。

「千景? 俺の顔に何か付いてる?」
「えっ…!? べ、別に何でもないよっ…!」
思わず、顔が熱くなるのを感じながら、首を傾げている兄さんから目を逸らした。
いつの間にか、ジーッと見つめていたらしい。

「変なヤツだな」と笑う兄さんに笑い返しながら、俺は、なるべく平静を装って隣を歩いた。










40:不可解な行動/千景視点

それから、兄さんと別れて、電車に乗って、一人で歩き…。
学校付近の、公園まで差し掛かった所だった。
「近江さんっ…ちょ、ちょっと良いかな…?」
少し遠慮がちに、そんな声を掛けられたのは。

振り返れば、顔を赤らめてモジモジとしている男子が目に入る。
見る限り大人しそうな子は、見覚えがある。
と言うか…同じクラスで、確か…隣の、席の子だ。
「えっと……中村、くん?」
「う、うん、そう…! あの、えっと…話が、あるんだ…」
恥ずかしそうに、語尾を徐々に小さくしながらも言葉を紡ぐ彼。
その様子に、俺は首を傾げる。

なんだろう…?
中村くんとは、二、三回話したことがあるくらいで、そんなに仲が良いわけじゃない。
……そう言えば確か、遠足の班が一緒だったな…。
そのことかな?

でも、何で顔を赤らめるんだろ…?


「話、って…なに?」
「あ、あのっ…その……」
問いかけると、益々顔を赤らめる彼。
………なんなんだろ…。

首を傾げながら見ていると、不意に、後ろから肩を軽く叩かれた。
少し驚きながら振り返れば、そこには、見慣れた人間が立っているのが見えた。
「あ、悠斗…」
「おはよ…遅刻するぞ」
そう言って、グッと腕を引っ張られる。
突然の事によろけながら、悠斗の顔を見上げれば。
何故か、その表情は不機嫌そうにしかめられていた。
その表情が、俺の抗議を許さない。

仕方がなく大人しく腕を引っ張られながら、俺は中村くんに振り返った。
「な、中村くん、また後でね…!」
悠斗に腕を引かれながら歩く俺を、中村くんは何か言いたげだったけど…それでも黙って、見送っていた。











41:売り言葉に買い言葉…。/悠斗視点

腕を引っ張って歩いていると、
「ちょっと、いい加減に離してよっ!」
と、千景が声を荒げた。
少し癪に感じたけど、また変な目で見られても困るのでパッと手を離す。

振り返れば、千景は、俺が握っていた箇所を痛そうにさすっていた。
そんなに強く握っただろうか…?
きっと、無意識に力が入ってしまったのかもしれない。

「なんなんだよ、突然…。中村くんと話してる途中だったのに」
「君があんまり無防備だからだろう?」
彼の言葉に対して、ついつい尖った口調で返してしまう。
ハッと慌てて自分の口を塞ぐが、出た言葉は戻らない。

案の定。
彼は、明らかに不機嫌そうな表情を浮かべた。
「なに、無防備って。なんでそう言う風に見るの?しかもなんで、悠斗がそんなに怒ってるの?」
徐々に、彼の口調にも棘が出てくる。

その口調に…また、俺の中の怒りも沸々と沸く。


先ほどからの苛立ちもあって、俺は自分でも分かるくらいに思いっきり顔をしかめた。










42:痴話喧嘩…?/悠斗視点

「無防備は無防備って言ってるんだ。君、お菓子貰ったら知らないオジサンにでも付いて行きそう」
「なにそれっ…なんで朝っぱらからそんなこと悠斗に言われなきゃいけないの?」
「忠告してやってるんじゃないか」
「なんだよ、それ! 俺が悪いみたいな言い方!」
「じゃあ自分に非がないって言うのか?」
「ないっ! だいたい、あそこで何で悠斗が出て来るのか、意味分かんないし!
 俺が誰と何しようと、悠斗には関係ないじゃないか!」
「心配してやってるのに、何だその言い方」
「何だじゃないよ! 悠斗こそ何だよ! 何でそんな風に俺に構うの!?」
「友達として、心配してやってるんだって言ってるだろ!」
「どうだか! なんか悠斗のやってる事、まるで恋人にヤキモチしてるみたい!」
「っ…」

最後に言われた言葉が胸に突き刺さって、言葉に詰まる。
そこで、初めて冷静を取り戻す。

なんで、こんな言い争いになってるんだ…?
悪いのはどう考えたって俺じゃないか…。
そうだ…俺が、一方的にヤキモチ灼いて…。
それで、イライラして……。

いつの間にか、無意識の内に彼と喧嘩をしていた…。


彼は、キッと俺を睨みつけてから、
「こんな風に他の人にばっかり構って…ホントに好きな人にフラれてもしらないから!」
と、言い残して走り去って行った。



……………。
……は…?
え……?
最後、なんて言った…?

ホントに好きな人…って……。


……………え…?




どうやら、彼の中で激しい誤解が生まれていると言うことを。
俺はこの時、漸く悟った。










43:俺は悪くない…/千景視点

この学校に通い始めて、初めての事かもしれない。
一人で校門を抜けたのは。


……なんで、あんな風に言ったんだろう…。
喧嘩なんてするつもり、なかったのに。

ただ…悠斗は美弥の事が好きなのに、何で…って思うと、凄くイライラしてきた。
なんでかは、分からないけど…。
でも、あんな風に怒鳴ったの、久しぶりだ。

……誰かに、聞かれてないと良いけど…。
ついついカッとなって、男口調で怒鳴っていたから。


同じ教室でHRを受けるのも、気まずかった。
ただ、悠斗と顔を合わせないようにしていると、「喧嘩でもしたの?」と美弥から聞かれた。
適当に誤魔化したけど。



その後、バスに乗って近くの山へ向かった。
なんでこの、暑くなってきた時期に登山なんか…。
でも、ちょっと曇ってるから…少なくとも日差しの暑さは感じないのが救いだ。

班が決まった当初、悠斗と別れたのはガッカリしたけど、今は良かったと思ってる。
さすがに、同じ班になると…教室でいる時みたいに、顔を合わさないようにするなんて出来ないから。

まず山の麓までバスで行き、ソコから2時間ほど登山する。
それから、キャンプ場になっている開けた所で、アウトドア料理を調理し。
ソレを食べて、2、3時間の自由時間の後に下山…と言うのが、今回の遠足の予定だ。


山登りは、嫌いでもないからあまり苦じゃなかった。
登ってる間、ずっと美弥と話をしていたし。
ハイキングコースになっている為、舗装されていて傾斜も緩いのもあるのかもしれない。

「ねぇ…ホントの所、悠斗くんと何があったの?」
不意に、美弥がそう聞いてきた。
その内容に、答えに詰まりながらも、なんとか言葉を考える。
「あー…なんて言うか……。………悠斗が悪い」
「あのねぇ…さっきからソレばっかりよ?」
「だって、そうだもん」
そうだ…。
考えてみれば、俺は全然悪くないじゃないか。
悠斗が一方的に怒って、それで、売り言葉に買い言葉…に、なっちゃって…。

……美弥は、悠斗の事がそんなに気になるのかな…。











44:気になってた事/千景視点

「ねぇ……何で、そんなに悠斗の事ばっかり気にするの…?」
試しに、問いかけてみた。

美弥は、一瞬だけ驚いたようにキョトンとした表情を浮かべたけど、すぐにいつもの笑顔を浮かべた。
「友達が喧嘩してたら気にするのが当然でしょ?」
「……それって…。美弥は、悠斗の事を友達としてしか、見てないって事?」
ドキドキしながら、ずっと聞きたかった事を聞いた。

ずっと…。
悠斗が、美弥の事を好きだと分かってから、ずっと…。
なんでこんなに気になるのか、自分でも分からないけど…。
でも、ずっと気になってた。


黙って返答を待っていると、美弥は軽い調子で、顎に手を添えながら言った。
「まぁ、少なくとも恋愛対象じゃないわね。私の好みは、もっと年上で大人な男性なの…v」
と、顔を赤らめる美弥。
その様子は、嘘を吐いているようには見えない。
と言うか、美弥自体が嘘を吐きそうに見えない。

と、なると…。
悠斗の、片思い……?


「なぁんだ……」
思わず、安堵の言葉が漏れる。
……ん?
安堵……?

なんで、ホッとしてるんだろ…?
悠斗の失恋が確定して、ココは同情する場面じゃないのか…?


よく分からない心の動きに首を傾げていると、美弥が不意に、悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべた。
「もしかして…千景は悠斗くんの事が好きだとか?」
「なっ…!? だ、誰があんなスケコマシっ…!」
「スケコマシ?」
思わず出てきた言葉に、ハッと口を塞ぐ。
首を傾げる美弥に、「何でもない」と言って、俺は少しだけ足を速めた。


顔が熱い…。
心臓が、ドキドキしてる…。
なんで…?
なんだろう、この気持ち…。

なんか、変だ…。
俺……どうしちゃったんだろう……。
病気かな…?
風邪…じゃ、ないよね、こんなの…。


分からない、胸のドキドキが、徐々に心を支配していく。
不思議と、その感覚に不快感はなかった。










45:中村くんの決意/中村慧視点

「あの、近江さん…今、良いかな…?」
自由時間になり、近江さんが一人になったタイミングを見計らって、僕は声を掛けた。
彼女は、キョトンとした表情で僕に振り返る。
そして、すぐに可愛らしい笑顔を浮かべた。
「あぁ、中村くん。そう言えば、朝はごめんね」
「あ、ううん!全然、良いんだっ……その、急ぐ事じゃ、なかったし…」
彼女の可愛さにドキドキしながら、視線を下に落とす。


今朝は、観月くんが邪魔して失敗したけど…。
今度こそ、ちゃんと言うんだ…!
……その為に、もっと…人気のない所へ連れて行かないと…。
「その…出来れば、あの…。ちょっと、誰にも聞かれない所で話したい事が、あるから……一緒に、来てくれない…?」
ドキドキしながら、聞いてみる。
ここまで言えば、僕が何をしようとしているのか…だいたい、分かるはずだ。

だけど予想外に、彼女は不思議そうに首を傾げている。
「……誰にも聞かれたくない事なの?」
「う、うん…そう、なんだ…。だから……」
………彼女、もしかして…。
物凄く、鈍いんじゃないだろうか…。

でも…キョトンと首を傾げているその仕草も、すごく可愛い…!

内心でグッと拳を握りしめて彼女の可愛さに酔いしれていると、彼女はアッサリと「良いよ」と頷いた。



入学式に見かけてから、ずっと好きだった。
入学式の次の日にあんな新聞が出た時はすごくショックだったけど、すぐに悪戯だと分かってホッとした。

彼女は可愛いから、凄くライバルが多い。
ラブレターも沢山あるんだけど、誰かが処分しているらしく、彼女に読まれたことはないみたいだ。
先輩たちにも凄く人気があって、競争率が高い…。
彼女目当てに、演劇部へ入ろうとした人もいた程…。
まぁ、その人たちは、部長さんが用意した入部試験に落ちて入れなかったんだけど…。

とにかく、そのくらい可愛いんだ。
凄く清楚で、可憐で、手足も細くて長くて、小顔で、それから……あぁ、言い出すとキリがない…。
ちょっとドジな所とかも凄く可愛い。
その上、さっきの調理の時に知ったけど、彼女はすごく料理上手だ。
家庭的で、今時はあんまりいないタイプなんだ…。


だから…まだ、彼女が誰にも手を付けられていない内に。
僕は、告白する事にした。
今日……絶対、言うんだっ…!
好きだって…!!










46:黄色い柵はボーダーライン/中村慧視点

林を少し奥に進んで。
人気がない事を確認してから、僕は振り返った。
視線の先には、少し歩き疲れた様子の彼女がいて、ドキッとする。
「で、何? 話って」
「あっ…う、うん……」

ドキリとしながら、思わず俯く。
あともう少し…と言うところで、肝心の言葉が出てこない。

何やってるんだ、中村慧!
しっかりしろ!
仮にも一応、男なんだから…!

自分に必死に言い聞かせて、決意を固める。
そして、グッと目を瞑ってから、
「その……僕、入学式からずっと……君の、事が、好き…なんだ……!」
必死に、その言葉を紡いだ。


彼女は、キョトンとした表情を浮かべていた。
何か…自分に起こった事が、把握出来ていない、ような…。
「………え……?」
呆然としている彼女が、ポツリと呟く。
僕は、その態度に焦らされているように感じて、彼女の手をグッと両手で包んだ。
「付き合って欲しいんだ、僕と」
「………えっ……と…………。ちょ、ちょっと待ってね…頭の中、整理するから…」
そう言って、一歩、後退りする彼女。
僕は、ソッと彼女の手を離す。

彼女は、自分のコメカミに手を添えて、一歩、また一歩と後ずさりしていった。
膝下の半分あたりまでの高さしかない、黄色い柵も越えて。

………あれ…?
あの、黄色い柵って…。
……そう言えばこの山に入る前に、先生が、
『この辺りは実は少し崖になってる所があるんだ。そう言うところには、黄色い柵があるから越えないように』
……って………。


…………。
………じゃあ……もしかして、あの柵はっ…!!

「近江さん、それ以上行くと危ない!」
「えっ?」
言うのが早いか。
彼女の体が、ガクッと落ちるのが早いか。

土が崩れるような音と共に、彼女は、姿を消した。
否。

落下した。











47:状況整理/千景視点

真上に広がっているはずの曇り空が、目の前に見える。
同じように、地面から生えている木々の葉っぱもだ。

なにが起こったのか、未だに理解出来ない。
ココは、落ち着いて…整理しなきゃ……。


えっと……まず、中村くんが話があるって言うから、一緒に森の奥へ入って…。
それから…そう、中村くんに、告白されたんだ。
付き合って欲しい……って…。

告白なんてされたのは初めてで、ましてや相手は男なんて、思いもしなかったから。
驚いて、混乱して…とりあえず俺は、頭を整理しながら彼から一歩一歩遠ざかった。
五、六歩後ろに歩いて、足下にあった黄色い柵が気に掛かったけど、考える余裕がなくてそのままスルーして…。

その、瞬間だった。

唐突に地面の安定感が奪われ、体が一気に落ちた。
ほぼ同時に、中村くんの「危ない」と言う声が聞こえたけど、ソレは少し遅くて。


……あぁ、そうだ…。
俺、崖から落ちちゃったんだ…。


整理すること数十秒。
漸くその結論に辿り着いて、ゆっくりと体を起こす。
幸い、痛みはあまり感じない。
地面に生えていた、背の低い雑木がクッションになったんだろう。











48:思うこと/千景視点

「近江さん!大丈夫!?」
上の方から、中村くんの声が聞こえる。
どこか慌てた口調の声に反応して、俺は上を向いた。
中村くんは、心配そうに上から覗きこんでいる。

そんな彼に、俺はなるべく笑顔を向ける。
「うん、大丈夫。でも、この崖はちょっと上がれそうにないから…誰か呼んで来てくれないかな?」
よく見れば、上の方に広がっている崖は結構高い。
4〜6mはあるだろう。
クッションなかったら怪我だけじゃ済まなかったかも…。
しかも、雨などで削れたのか、足をかけられそうな所もない切り立った崖だ。

上体だけを起こして上を見ている俺に、中村くんは困ったような表情を浮かべながらも頷いた。
「じゃ、じゃあ…すぐに戻るから、動かないでね…!」
その言葉を放った直後には彼の姿は消え、変わりに走り去っていく足音が聞こえた。
徐々に、遠ざかっていく足音。
ソレを聞きながら、溜息を吐いた。


さっきから、足がズキズキと痛い。
捻った、かな…?
捻挫くらいで済んでれば良いけど…あの高さなら折れてても不思議じゃない。
心なしか、背中も痛い気がする。
そう言えば、咄嗟に庇って背中から落ちちゃったからな…。
骨とか無事なら良いけど……。


……中村くんから告白されて、凄く驚いた。
同時に、あの時の悠斗の言葉が過ぎった。

--君があんまり無防備だからだろう?

………確かに、そう言われても、仕方がないかも…。

でも、そんな事普通、考えるはずないじゃないか!
俺は仮にも、男で……。

…なんで…俺でも気が付けないことに、気付いちゃうんだよ……。


………悠斗は、もしかしてホントに、ヤキモチを…?

……違う……。
違うんだ…。
俺は男で、そんな事、あるはずないんだ。
悠斗は…美弥が、好きなんだから…。



そんな事を、ボンヤリと考えていると。
ポツリと、鼻の頭に、冷たいモノが当たった。

その雫は、どうやら空から降ってきたようで…。
水滴は、時間を増す毎にどんどんと増えていく。
……これって、もしかして…。

「雨……?」

そう呟いた頃には、ザァッと音を立てて本格的に降り始めていた。










49:方向音痴…/中村慧視点

崖に落ちた近江さんを置いて、走り初めてしばらくした頃。
ポツポツと、雨が降り始めた。

徐々に激しくなってくるように感じる雨足に、内心で焦る。
今、雨にうたれているであろう彼女を思うと、自然と、足が速くなった。


思えば、コレがいけなかったのかもしれない…。


小走りで林の中を行く僕。
周りには人気はない。
と言うか……もう、人気があってもおかしくない頃なのに…。

どういうわけか、林の中には誰もいない。


首を傾げながらも懸命に、集合地となっている場所へ向かおうとした。
だけど……行けども行けども、広がるのは生い茂る木々たち。
徐々に、道もなくなってきたような気がする。


まさか………。


青ざめながら足を止めて、後ろを振り返る。
後ろには、やっぱり木々が広がっている…。
そして、同じような景色で……方向は、分からない…。


………これって、もしかして…。


「…………迷ってる…?」


ポツリと呟いた言葉は、冷たい雨の音に虚しく掻き消された。










50:行方不明?/悠斗視点

雨が降り出して、数十分。
近くにあったキャンプ場の小屋で雨宿りしながら、俺は、千景の姿を捜した。

今朝の事…謝らないと。
あれは俺が悪かった。
……俺が、妙なヤキモチ妬いたのが…悪かったんだ。


人混みを掻き分けながら彼の姿を捜していると、不意に、見慣れた人影が目に入った。
あの日からほぼ毎日、一緒に昼食を共にしている…今となっては、千景の次に親しい友人。
「美弥」
声を掛けると、美弥は、他の友達としていた会話をすぐに中断して、振り返ってくれた。
その中に…千景はいない。

変だな……大抵は美弥と一緒にいるのに。

首を傾げていると、美弥は少し足早に俺に向かってきた。
そんな彼女に、俺は問いかける。
「千景は?」
「やっぱ、一緒じゃないの? 昼からずっと見あたらなくて、私も捜してたのよ」
そう言って、顔をしかめる彼女。
どうやら彼女も俺と同じように、ずっと千景を捜していたらしい。

二人で捜しても見つからないなんて…変だ。
何かあったんじゃないだろうか…?

……なんだか、嫌な予感がする。










51:熊にでも襲われたか?/悠斗視点

「ねぇ、近江さんなら、お昼に中村くんに連れられて林の方へ歩いてったよ?」
「中村?」
美弥と顔を見合わせていると、不意に、別の女子が言った。
何故か、俺が彼女を見れば、何やら黄色い声をあげながら一緒にいた子と騒いでいる。
…少し異様な光景だ。

まぁ、そんな事は今はどうでも良い。


中村、と言えば……。
確か今朝、千景に何か言おうとしてたヤツが、そんな名前だったな…。

「林で迷っちゃった…とか…?」
「……まさか。そんなに深い林じゃないだろ?」
首を傾げつつ窓の外の林へ目を向ける美弥と一緒に、俺もソチラを見る。

広がっているのは、何の変哲もない林だ。
雨が降っていて少し視界が悪いが…。
ソレ以外は、何の変哲もない。

そうしてボンヤリと、林を見つめていた時だった。
ユラリと、林の奥で何かが動いた。
ソレは、人影のようにも見える。
美弥もその影に気が付いたらしく、目を凝らした。
俺も、同じように目を凝らす。


徐々に…ボンヤリとだが、その影の正体が、見えてくる。
何やら、ボロボロの格好だが…ウチの学校のジャージだ。

この顔は……見覚えがある…。
……確か、今日…。
そう……今朝、見かけた…。

「中村…?」
窓越しに見える人影…中村の名を呟く。

そしてソレから、美弥と一緒に中村の元へ駆け寄るまでに、そう時間は掛からなかった。












52:記憶の中の人/千景視点

雨が降り続く崖下。
無闇に動き回る訳にもいかず、近くにあった木の下で、気休めばかりの雨宿りをするしかなかった。

中村くん……ちょっと遅すぎないか…?
さっきから一時間は絶対経ってる…。
ひょっとして、迷っちゃったりしてるんだろうか…?
……まさか、そんなことないよね…。
こんな小さい林で…。

それにしても、さっきから妙に寒い。
風邪でも引いたかな?
あぁ…カツラ取りたいなぁ…。
ハッキリ言って、さっきから感触が気持ち悪い。
でもいつ中村くんが帰ってくるか分からないし…。

そんな事を考えていると、自然と、溜息が出てきた。
ウンザリしてくる…。




そう言えば、小さい頃にもこんな事があった。
あの時は崖から落ちた訳じゃなく、迷っただけだけど。
あぁ、そうだ…清花のウチの家族と、ウチの家族と、それから…竜くんのウチの家族の、大所帯で行ったんだっけ。
あの時も山の奥のキャンプ場だったなぁ…。

俺は迷子になって、疲れて…その上、雨まで降ってきて。
丁度今と同じように、座り込んでいるだけだった。

あの時……助けてくれたのって、誰だっけ…。

−−チカがどこにいたって、必ず見つけるよ。ほら、お前、隠れん坊下手くそだしね

そうだ…彼は俺のことを、チカって呼んでた。
でも……今、俺の周りで俺のことをチカって呼ぶ人はいない。
小さい頃は、兄さんとか竜くんとか清花とかが呼んでたけど…。
うーん…じゃあ、この内の誰か、かな…?










53:ドキドキの原因/千景視点

そうして思考に没頭していると、不意に、視界がグラリと揺らいだ。
ソレとほぼ同時に、冷たい感触が体に伝わる。
雨とは違う…そう、水たまりのような。
視界がどんどんと、ぼやけていく。
そして、周りの音が、遠退いていく。


なんか、おかしい……。
変だ……。
でも…思考が、追いつかない…。

そのまま、俺の意識は途切れていった。



次に意識が戻ったのは、誰かが俺を呼んでいると認識した瞬間。 瞼を開けるのが、辛い…。
でもどうにか気力を振り絞って、重い瞼を開けると、そこには真剣な表情の悠斗がいた。
「大丈夫か…!?」

何が、大丈夫……?

朦朧とした意識の中では、意識は上手く働かなかった。
だけど、悠斗が心配してくれていると言うのは、何となく分かった。

ボーっとしていると、突然、体が宙に浮いた。
それが、悠斗に抱きかかえられている姿勢…しかも、お姫様抱っこだと気が付くのには、少し時間が掛かった。


悠斗の顔が、すごく近い…。
近くで見ると、格好いいな…。
やっぱり真剣な表情してると…怖いくらい格好いい。

あれ…? なんだろ…。
すごく、ドキドキする…。
顔が熱い…。
どうしたんだろう、一体…。

そんな事を思っている内に、徐々にまた、意識が遠退いて行った。
そして再び俺の意識がなくなるのに、そう時間は掛からなかった。










54:温もり/悠斗視点

千景が崖から落ちた、と聞き、心臓が止まるかと思った。
このまま、喧嘩したままになるのか…と、最悪な考えも過ぎって、ゾッとした。
しかも、迷って林から出てきた中村は、千景がどこから落ちたのかよく覚えていないと言うので…。
焦るな、と言う方が無理だった。

傘も持たずに林の中へ駆け込んで、崖下へ降りる道を必死に捜した。
手入れはあまりされていないのか、伸びきった雑草が何度も足に絡み付いてきた。
それらを全部踏み倒し、引きちぎり…やっとの事で、崖下へ降りた。

そして、崖下で座り込んでいる千景を見つけたのは、林に入ってから一時間ほど経った頃。
見つけた途端に彼の体勢が崩れた時には、本当に心臓が止まるかと思った。

ぐったりしている彼を呼びかけながら抱きかかえ、来た道を戻る。
その間に、千景は気を失ってしまった。
この様子だと、熱でもあるんだろう。
雨にあたって風邪でも引いたんだろうか。

とにかく、病院に連れて行った方が良い。
それにはまず、みんなが待つ小屋へ戻らなければ。
……もしかすると、何も言わずに飛び出して来たから…彼らも、捜しに来ているかもしれない…。
今、安心してかなり余裕が出てきた思考では、そんな事ばかり考える。
心配…しているだろうな…。

そう思うと、自然と足は速まった。



腕の中で眠る千景の温もりに、心の底から安堵している自分がいる。

やっぱり俺は、千景が好きなんだ…。

……ずっと、友達として傍にいても、良いかもしれない…。

せめて、千景に好きな人が出来るまでは…こうしていよう。

それまでは、こうして…俺が、千景を守ろう。


心の中で密かに誓って、抱きかかえる力を強めた。










55:ベッドの上で…/千景視点

目を開けると見慣れた天上が目に入って、呆然とした。
俺は確か…遠足に行っていたはずなのに……。

まだボーっとしている頭を押さえながら、グッと上体を起こす。 丁度、タイミング良く部屋のドアも開いた。
「お、目が覚めたか?」
「兄さん……?」
気さくな笑みを浮かべながら部屋に入ってきたのは、よく見慣れた兄の姿だった。
その手には、お粥や水を乗せたお盆を持っている。
「食欲あるか?」
穏やかな笑みを浮かべながら、ベッドの縁に腰掛ける兄さん。
ソレを見つめながら、俺は首を傾げた。
「…俺、何で家に…?」
「学校から連絡受けてな。車で迎えに行ったんだよ」
そう笑って、お粥の乗せてあるお盆を差し出して来た。
俺は、ソレを黙って受け取る。

兄さんは、微笑しながら、俺の額に手を当てた。
「……まだ結構あるな…。明日は念のため、一日休んでおくか」
「…俺、風邪…?」
「と、捻挫と打撲。崖から落ちてそれだけだったんだから、幸運だと思えよ」
その言葉には、どこか棘がある気がする。
…俺の不注意さを、怒っているのかも…。
って言うか十中八九そうだ。

「これからは、考え事しながら歩かないこと」
「……はい…」
案の定、念を押すように言われた兄さんの言葉に、俺は反論できずに頷いた。


「ああ、そうだ。悠斗くんって言う子がかなり心配してたぞ。後で電話してやれよ」

え……?
悠斗が…心配……?
……結構優しい所もあるんだ…。v そう言えば、崖から運んでくれたのも、悠斗だったし…。
ちょっと、意外かも…。

俺が頷くと、兄さんは苦笑にも近い笑みを浮かべた。
「まぁ、家事なんかは俺と母さんでやるから。ゆっくり休んでなさい」
「うん…でも、母さんって料理出来るの…?」
「……料理本見れば…なんとかなるだろ…」
なんか少し間があったけど……敢えて触れないでおこう…。


その後、兄さんが出ていくのを待って、俺は早速携帯電話を手に取った。
そして、悠斗の家の、電話番号を押した。










56:電話の相手は…/悠斗視点

コンビニで買ってきたを夕飯にして食べていると、電話のベルが鳴った。
こんな時間に誰だ?と首を傾げながらも、受話器の番号表示を見る。
その番号は、見たことがない番号だった。

間違い電話か…?

胸中で呟きながら、俺は、受話器を取った。
「はい、観月ですけど…」
『あ、悠斗? 俺…千景だけど』
その声が耳に入った瞬間、心臓がドキッと高鳴った。
相手に見えていないのは分かっていても、慌てて、姿勢を正す。

「あ、えっ……千景…?」
『今日、心配してくれてたって聞いたから…。それから、崖から運んでくれたよね? ありがと』
その声音は、どこか照れくさそうで、彼がほんのりと頬を染めているのが容易く想像出来る。
控え目な彼にソッと苦笑しながら、俺は、漸く落ち着いてきた心臓に手を当てた。

「いや、礼なんて良いよ…。 具合の方は、どうなんだ?」
『うん、もう結構良いみたい。でも兄さんが、念のために明日は休めって』
「そう。そうした方が良い」
今日の様子を見ると、嫌でもそう言いたくなるだろう。
それにしても、雨にあたったくらいであんな高熱が出るものなんだろうか…?
元々風邪気味だったのか…?









57:脈は、なくはない…?/悠斗視点
『……あの…。ちょっと変な事、聞いても良い…?』
「変な事?」
コチラの様子をうかがうような問いかけに首を傾げると、受話器の向こうからは沈黙が降りた。
何か言おうとしているようだが、よっぽど恥ずかしい事なのか、言葉が出てこないらしい。
おかしな様子に首を傾げながら黙って待っていると、数秒後、彼は漸く言葉を紡いだ。

『あの……美弥の事、どう…思ってる…?』
「……どうって?」
脈絡のない質問に、思わず問い返す。
すると彼は、慌てて捕捉するように言った。
『そ、そのっ…好きとか、嫌いとか………そう言うので、どう…思ってるか、って事……』
唐突に何故そんな事を聞くのか…彼の意図が掴めない。

見えないと分かっていても首を傾げながら、とりあえず正直な気持ちを答える。
「そうだな…好感はあるな。あくまで友情の範囲で好きなタイプだ」
『ほ、ホント? じゃあ、美弥の事、恋愛感情とかないの?』
「まぁ、そうなるな…。……それがどうかしたか?」
『えっ…べ、別にどうって事ないんだ。えっと……あ、そうだ!悠斗の携帯の番号教えてよ』
問いかけは曖昧な答えしか返してもらえず、上手くはぐらかされてしまった。
だが、彼の様子からして、真意は追求しても答えてくれそうにないだろう。

分かりやすい誤魔化し方をする彼の様子にコッソリ苦笑しながら、俺は、自分の携帯の番号を伝えた。



それにしても千景は、どうしてあんな事を聞いたんだろうか…?
俺が美弥を好きだとマズイ…?

………これは…脈ありと考えても、良いのか…?
いや、でも……。
……悩む所だ…。

だがとりあえず、脈がなくはない…か?
自惚れても良いなら、そう、信じたい。




明日、千景の家に見舞いにでも行こう。

どんな顔をして会ってくれるか…楽しみだ。












第四章へつ・づ・く★






〜あとがき〜
はい、第三章終了です。
この話は…伏線入れ忘れたりと汚点だらけでした…;; 悠斗と美弥は、この話からお互い名前を呼び捨てするようになってます。 実は第二章と第三章の間で、「千景だけ親しく呼んで、私だけいつまでも他人行儀なつもり?」と美弥が言いだし、呼び捨てになりました。 伏線ゼロですね(ヲイ) でもまぁ、呼び方なので良いですよね…? 竜くんの事は、次回分かります。 次回は大波乱です…。 話は戻りますが。 中村ですが、後日キッパリとフラれてます(笑) またその辺りの、本編に関係ないサイドストーリーも書いてみたいです。 と、言うわけで、第三章はこれにて終幕です。 結構休んだので、異様に長く感じました(笑)

はい…最後に次回予告です。


〜次回予告〜
今回の次回予告は、千景の兄であるご存知、千歳さんが担当します。


梅雨も間近な六月下旬。

日常を過ごしていた千景のもとに、一通の手紙が届く。

それは、遠く海外にいる従兄弟からの、帰国を知らせる手紙だった。

帰ってきた従兄弟、竜一と親しげに過ごす千景。

そんな二人に、複雑な胸中の悠斗は……。


次回、第四章・再会と、揺れる心

次回は俺の千景がっ…千景がぁっ!!





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