-第二章・暴走、白木さんの恐怖!-(前編)





14:おはよう/千景視点
「千景、おはよう! ねぇ、もう部活決まった?」
学校へ向かう途中の道で、唐突にそんな声を掛けられた。
朝っぱらから元気の良い彼女は、斎藤美弥。
この学校で一番最初に出来た友達だ。
俺は、彼女に笑い返しながら、穏やかに答えた。

「おはよう。私はまだちゃんと決まってないけど…演劇部にしよっかなって思ってるの」
「演劇かぁ…。良いねぇ、演劇も」
「美弥は?」
「アタシは陸上部!フフフ、こう見えても中学の時選手だったのよ!」
そう、自慢げに胸を張る美弥。
ホント、朝から元気だなぁ…。
俺なんかちょっと低血圧気味で、テンション低めなのに。
美弥みたいに元気いっぱいになりたいよ…。

この調子でずっと喋りつつける美弥に、苦笑しながら相づちを打っていると、不意に肩を叩かれた。
振り返れば丁度、胸の辺りが視界に入って、慌てて視線を上げる。
そして、内心驚いて目を剥いた。

無愛想にいつの間にか隣に立っていたのは、観月悠斗だったのだ。

「おはよう」
「お…おはよ…」
唐突な出来事に思わず立ち止まる。
悠斗は、構わず歩いていくのか…と、思いきや、少し進んだ辺りでピタリと足を止めた。
そして、クルリと振り返る。
「部活、同じの入るから。君、何に入るの?」
「え、演劇…だけど…」
あ…。
思わず答えちゃった…。
「そう。じゃあ放課後」
そう、淡泊にそれだけ言うと、彼はスタスタと歩いていった。
ソレを、呆然と見送る、俺と美弥。
あまりに唐突な出来事に、しばらく、二人揃って固まってしまった。










15:白木さん/千景視点
固まった俺たちの脇を、生徒たちはチラチラと見ながらも過ぎ去っていく。

そして、数秒ほど経った頃。

「ねぇ、ちょっと! 今のことに関して話聞かせてくれない!?」
硬直していた俺たちの時間を引き戻したのは、そんな元気いっぱいの声だった。
それはもう、美弥にも負けないくらい、朝から元気いっぱいの。

声の主は、いつの間にか、メモを手に俺たちの前に立っていたメガネの少女。
……どっかで見たような感じだ。
少女は、興味津々と言った具合に目を輝かせて俺を見ている。
「あ、あの…」
「あ。私は同じクラスの白木真琴!覚えてない?昨日自己紹介したっしょ? あぁ、そうじゃなくって!
 えっと、近江千景さん?優等生とどんな関係なの!?」
まるで機関銃のように口から言葉が飛び出してくる。
目が回りそうな速度で告げられた言葉を必死に頭の中で整理しながら、俺は彼女に苦笑を返した。

「どう、って…こと、ないよ。ただの……友達…?」
あれ?何で疑問系?
いや、でも、本当に何て言って良いか分からない…。
でも…キス、してるし…。
あれ……?
どういう関係なんだ……?

自分でもよく分からなくて、首を傾げていると、白木さんはシビレを切らしたように口を開いた。
「でも昨日会ったばっかりでしょ?何で?どうして?
 ……あぁ、そうだ!観月くんに聞く方が早いかもしれないわね! こうしちゃいられないわぁ!」
一人でそれだけの量を喋り終えると、彼女は、校門の方へ走り去っていた。


まるで、嵐が過ぎ去ったかのような感覚が広がり、俺と美弥は、また固まった。
そして。
今度、俺たちの時間を引き戻したのは、始業を知らせるチャイムだった…。










16:葛藤/悠斗視点
なんなんだ、一体…。
朝、教室へ入ろうとした所で、いきなり、
「近江千景さんとどういう関係なの!?」
と、何か凄い剣幕で問いかけられた。
とりあえず騒がれるのは面倒なので、友達だと言って置いたが…。
あの様子だと、きっと千景の所にも行ったんだろう。
確か…あの子の名前は、白木…だったか…?


でも、そう言えば…俺と千景の関係は、口でどう表せば良いんだ?
恋人…じゃあない。
千景は男で、俺も男だ。
友達?
それも何となく、違う気がする。
千景は拒んでるように見えるし。
何なんだ……?

でも…今日、部活の事を聞いたら、アッサリOKしてくれた。
てっきり、もうちょっとガードが堅いかと思ったのに。
意外だ。
意外……に、俺の事に気を許しているのかも…?
………いや…。
でも……。

………って、何でこんなにあの子の事ばっかり考えてるんだ…!?
ダメだ、気にしちゃ…。
俺は、ノーマルだっ!
気をしっかり持て!
相手は男だ、男!
例え可愛くても男なんだ!










17:あぁ、ヤバイ…/悠斗視点
「悠斗」
「は?」

頭を抱えて自己暗示していた所に、不意に、声を掛けられた。
ハッと顔を上げると、すぐ傍に、今の今まで考えていた相手の顔があって、一瞬妄想かと思った。
が、本物であることをすぐに認識して、思わず立ち上がる。
ガタッと椅子が床を擦って音を立てた。
「な、なんだ!?」
「……何でそんなに慌ててんの…」
そう言って、呆れたように目を細める千景。
それとは対照的に、俺の心臓は激しく脈打っていた。

ち、ちがうっ…。
これは、ちょっとビックリして、ドキドキしてるだけなんだ…!
決して、恋なんかじゃない…!

脈打つ心臓を押さえながら、黙って突っ立っていると。
彼は、何故かクスッと苦笑した。
「ひょっとして、寝てたとか? 優等生でも教室で寝ちゃうんだ」
………あぁ、ヤバイ。
クスクス笑う、千景の仕草が。
可愛い……。

って、いかんいかん!
なんとか意識を切り替えないと…!
「そ、そんな事より、何か用か?」
問いかけると、千景は思い出したように表情を戻した。
「あぁ、そうそう。お弁当一緒に食べない?」
「え……」

べ……弁当…?
……え?
あれ…?
もしかして、本当に…。
千景って、俺の事をそんなに拒んでないんじゃないのか…?

ポカンと口を開けて呆然としていると、何を勘違いしたのか、千景はムッとしたような表情を浮かべた。
「嫌なら、別に良いけど。ただ一人で寂しそうだったから誘ってやっ…」
「行く」

千景が全部言い終える前に、俺は答えた。
その即答っぷりに驚いたのか、千景はキョトンとした表情を浮かべた。
が。
すぐに、笑って頷いた。


………ヤバイ…。


恋、してしまいそうだ………。









18:ランチタイム/千景視点
お昼休み。
美弥と一緒に食べようと言うことになったのだけど、教室で一人寂しそうに座っている悠斗が目に入って。
なんだか、気になって。
美弥に了解を得てから、俺は、悠斗を誘った。

さすがの悠斗も驚いたような表情をしていたけど、すぐに「行く」と返事をしてくれた。
良かった……。
……って、何で…良かった…?
まるで、断られるのが、イヤみたいな……。

ふと、昨日の千里の言葉が脳裏に蘇った。
『恋する乙女……』
………いや、違う。
ただ、ちょっと気になったから誘っただけだ。
きっと、絶対…。
恋愛感情なんかじゃ、ない。
だって、俺も悠斗も、男なんだから。

男……。
そうだ、悠斗だってきっと、何とも思ってないに決まってる。

でも……あの、キスは…?
悠斗は…何とも思ってない人にも平気で、キスするんだろうか…。
ひょっとして、女なら誰でも良くって…。

…………。

やめよう、こんな事考えるの。
悠斗の事が気になるなら、友達から始めれば良いんだ。

友達…。

心の中で読み返して、ズキン、と、鈍い痛みを感じた。
鈍い、小さな…それでもハッキリとした、心の痛み。
これが何なのか…俺には、分からない。



「でもビックリしたぁ。二人って知り合いだったのね」
弁当を広げながら、美弥がいつものように軽快に笑った。
ココは、屋上。
この学校の穴場スポットなのか、誰もいない。
みんな、環境の良い中庭やホールにいるからだろう。
中学の時からずっと屋上で食べていた俺にとっては、好都合な穴場だけど。
「知り合いって言うか、昨日知り合ったって言うか……ねぇ?」
「あ、ああ」
美弥の言葉に答えながら悠斗に目を向けると、彼は手に持っていた売店のパンの袋を開けている所だった。
しかも菓子パン……。
昼食が菓子パンなんて…なんか、質素だ…。
と言うか、栄養が悪そうだ。











19:お弁当同盟/千景視点
ボンヤリと思いながら、自分の弁当を見る。
これは、俺が毎朝早起きして作っている物だ。
残り物と簡単な物ばっかり……。
対して、美弥の弁当は、豪勢で華やかだ。
女の子らしくて可愛い。
「美弥の弁当、可愛いね。自分で作ってるの?」
「あぁ、コレ? そうなのよ。私、料理好きだから」
そう言って、照れたように笑う美弥。
うーん…美弥に、意外な特技発見だな…。

「千景のお弁当も、美味しそうじゃない」
「そう? 私も自分で作ってるんだけど…自分のだと何だか、ちょっとアレで…」
いい加減、自分の味には飽きてくる。
朝ご飯で作ったメニューがそのまま出てくる…と、言うのもしょっちゅうだし。
見飽きた自分の弁当を見つめていると、不意に、美弥が目を輝かせながら言った。
「ねぇねぇ、じゃあ、私のと交換して食べない?」
「え?」
思わぬ申し出に、思わず目を剥く。
彼女は、ニコニコと笑ったまま自分の弁当を差し出した。

「ほら、毎日自分のばっかり食べて、自分のばっかり作るのって張り合いないじゃない?」
「でも…良いの? 私の弁当、朝の残りとかばっかりだよ?」
「良いの良いの! ね、良いでしょ?」
そう言って、可愛らしく小首を傾げる美弥。
そうやって小首を傾げられると…なんだか、小動物に見つめられているようで…。
断れない……。
まぁ、断る気もないのだけど。
丁度、俺も同じ事を思っていたし。

「うん、良いよ。あ、良かったら悠斗にも明日から弁当作って来てあげよっか?」
「え?」
唐突に話を振られて驚いたのか、やや目を剥きながら彼は顔を上げた。

……別に、深い意味はない。
ただ、売店のパンじゃちょっと可哀相だなぁ、って、思ったから…。
だから、ついでだ。
ついでなんだ。

俺の言葉に、悠斗はしばらくポカンと口を開けていた。
どう答えて良いのか分からないみたいだ。
なんだかさっきも見たことのあるような反応に苦笑しながら、俺は問いかけた。
「いるの? いらないの?」
二択問題を問いかけると、彼は少しの間の後、
「い、良いの…か…?」
と、遠慮がちに言った。

……悠斗でも遠慮するんだ…。

内心で感心しつつ、俺は笑顔で頷いた。


こうして、俺たち三人のお弁当同盟(美弥命名)は結成された。
……変な名前だけど…。











20:スクープ/白木真琴視点
優等生の観月悠斗。
彼は、ルックス良し、頭脳明晰、運動神経抜群と来ているものだから、入学当初からモテていた。
特に先輩方からは早くもマークされている。
そして、近江千景。
県外から転校してきて、学園内に知人はゼロ。
だけど、そこら辺のアイドルと並んでも引けを取らないくらい、可愛い。
小柄で清楚感溢れ、守ってあげたい系の女の子…。
ちなみにコチラも先輩方からマークされている。

そんな、美男美女が、入学式の翌日である今日、親しくしているのだ。
朝の挨拶だけならまだしも、一緒にお弁当なんて…。
共通点のない美男美女なのに…。
これは、何かある。

ジャーナリストの直感でそう感じ、私は失礼ながら彼らに密着取材(勿論無断)を行う事にした。
スクープは偶然撮れるんじゃない、緻密な捜査によって撮れるのだ…!
これは、私の持論である。


まぁそう言うことは良いとして。
早速、自分の昼食をマッハで食べ終えて、私は彼らを探しに出掛けた。
一体、どこにいるのだろう…。
とりあえず、行くとしたら…人気のない屋上か。


私の愛用のカメラを手に、私は階段を上った。
そして、屋上の前辺りに差し掛かった所で。
「……で、だからね…」
話し声が聞こえてきた。
この、鈴を転がすような可愛い声は…間違いなく、近江さん!
こう見えても私は記憶力には自信がある。
ジャーナリストとして当然だけどね。

グッとカメラを構え、気付かれないようにソッと、屋上のドアを開けた。
すると。
何とも良い具合に、ドアの前の所で近江さんと観月くんがお弁当を食べていたのだ!
あぁ…スクープっ…!
美男美女はやっぱりデキていた…!
慌てて、カメラを用意して写真を撮る。

「……あ、千景」
「ん?」
何か行動を起こすのか、観月悠斗…?
いや、その前に、今彼女の事を名前で呼び捨てに…!
あぁ、スクープ…!!

彼は、徐に、近江さんの頬に手を伸ばした。
そして…ソレは、近江さんの頬に付いていた食べかすへ…。
「付いてる」
と、アッサリと言うと、彼はソレを取ってなんと自分の口へ…!

………。
…………あぁ、どうしよう…。
今の、撮っちゃった…。
それにしても、恥ずかしいイチャつき方だわ…。

自分の顔が熱くなるのを感じながら、私はソーッと屋上のドアを閉めた。


今すぐ…。


この、衝撃映像を押さえたカメラを…。


新聞部に持っていって記事しにしなきゃー!


自分でも分かるほどニヤけながら、私は急いで階段を駆け下りた。









21:関係 /悠斗視点
「それにしても、美弥遅いね」
食べ終えた弁当箱の蓋を閉じながら、千景はドアの方へ目を向けた。
あの、美弥と言う女の子が、飲み物を買いに行ったきり帰ってこない。
きっとどこかで別の友達とでも話しているんだろう。

勝手に想像しながら、俺はパンの袋を丸めた。

今朝、白木…とか言う女の子に聞かれた事が、どうしても頭に残って離れない。


どんな関係……か。
俺の方が聞きたいのに。
こうして一緒に弁当を食べたり、明日からは作って来てくれるとまで彼は言う。

確かに、昨日から俺たちは知り合いだ。
でもきっと、友達じゃないんだろう。

あんな、酷い…事、しても……何で…。


「なぁ……俺と君って、どんな関係だ?」
ボンヤリと。
半ば無意識に、俺は問いかけていた。
自分で言った言葉に後からハッとした時には、もう遅い。

彼は、俺の問いかけに、驚いたように目を剥いていた。
「……関係、って…」

……あぁ、もう…。
こうなれば、ヤケだ…。
「君とは、昨日知り合ったばかりだ。それも、良い出逢い方とは言えない。なのに…何で、こんな風に……」
「…………」
上手く、言葉にならなくて。
ゆっくりと、自分の中の真っ直ぐな言葉を紡ぐ。
彼は、黙って聞いていた。
いや。
彼自身も、考えているのかも。

沈黙が、降り立った。
ほんの数秒だったかもしれない。
だけど俺は、とても長い沈黙に感じた。
辺りは、吹き抜ける春風が、耳の傍を横切る音だけが聞こえた。

そんな静かな沈黙を切り開いたのは、彼の、凛とした声だった。
「ずっと、俺も…同じ事、考えてた。……俺は…昨日、あんな事、されて…ずっと、貴方が気になってた…」
そりゃあ…あんな事されたら、誰だって気になるだろう。
でも、男同士だ。
あの時キスしたのだって、確かに気まぐれだし。
……それは、どう思っているんだろう。

「でも、全然、嫌悪感とか…そう言うんじゃなくて…」
俺の胸中の呟きが聞こえているように、彼は言った。
少し目を伏せながら、更に言葉を続ける。
「何て言うか……貴方の事が、もっと、知りたい…の、かも…」
「……知りたい?」
え……?
どういう事だ、ソレ…。
いや…なんか、まるで…。

コレって、告白…みたいな…。

「そのっ…別に、男女間の恋愛とかで言う「知りたい」って意味じゃなくって…!
 ……そう、友達!友達に、なりたいんだ!」
慌てて、弁解するように彼は言った。
真っ赤に、頬を染めて。

友達…。
その響きに、心の奥が、ズキッと鈍く痛んだ。
………そうか、やっぱり俺は…。
友達以上を、彼に、望んでるんだ。

だから、繋ぎ止めておきたかったんだ。
だから、朝の挨拶もした。
だから、一緒の部活にも入りたくて、あんな事を聞いた。
今日、弁当に誘われた時嬉しかった。
斎藤美弥を見た時、心の中では、「二人きりが良かったな」って思った。


俺は……。

彼が……。


恥ずかしそうに目を伏せている彼に、俺は、手を差し出した。
彼は、キョトンとした表情で俺に目を向けた。
俺は、出来るだけ、柔らかく微笑んで。
「じゃあ、改めて宜しく」
彼は、しばらくボウッとしていたけど、すぐに笑って、俺の手を握った。


俺は……千景が、好きだ。


手から伝わる彼の体温は、暖かかった。









22:友達と言う響きが…/千景視点

関係、の事を聞かれて。
ずっと考えていた事を、言葉に詰まりながらも伝えた。
そして、友達になって欲しい、と言うと。
「改めて宜しく」
って……。

差し出された手を握ると、彼は、笑った。
何の感情もこもっていない笑みを浮かべた。

……これは、どうとるべきなんだろう。
俺と友達になるのが、いや…?
でも、悠斗は嘘を吐くようには…思えない。
なんだか、そう感じてしまう。

じゃあ…友達に、なっても良いって事なのかな…?
……でも、友達、で…良いのかな…。

なんで……友達になれて、嬉しいはずなのに…。
なんで、心が痛いんだろう。



なんて…さっきから、グルグル考えている。
あぁ、なんか、昨日から考えてばっかりだ。
知恵熱出なけりゃ良いけど…。


その後、美弥が戻ってきてもずっと考え事をしていて、生返事しか出来なかった。
美弥にはちょっと悪い事しちゃった…。










24:かえりみち/千景視点
そして放課後。
俺は、悠斗と一緒に演劇部の部室へ入部届けを出しに行った。
でも、今日は部長と副部長がいないから、練習はやっていないらしい。
仕方がなく、俺たちは届けだけを出して帰る事にした。

「なんか、残念だね。見学出来れば良かったのに」
「……ああ」
…何、今の間は…。
何かまた考え事してるんだろうか。
…まぁ、俺自身もさっきから考え事ばっかりだけど…。

一緒に帰っているのに、二人揃って考え事なんて、変な感じ…。
ここは、なんとか話題を作った方が良いかな…。

「「あの」」

声を掛けようとしたら、その声は彼の声と重なった。
見上げれば、彼のキョトンとした表情と目が合う。
が、キョトンとしていたのはその一瞬だけで、次の瞬間には笑って、
「先に、どうぞ」
と言った。

じゃあ、と、お言葉に甘えさせてもらって口を開く。
「悠斗って、どの辺に住んでるの?学校から近い?」
「ああ、近くだよ。君は?」
「私は電車通学。ここの駅から二駅行った所」
「結構遠くから来てるんだな」
「まだ良い方だよ。ココって名門だから、片道二時間以上かけて通う人もいるらしいよ」
「へぇ…そりゃ凄い…」
苦笑しながら言うと、彼は感心した風に相づちを打った。

あ、なんだ…。
普通に話せてる…。
ホントは少し、緊張してたけど…悠斗って、結構普通な人だな…。

「ねぇ、さっき何言おうとしてたの?」
会話が調子に乗ってきて、気軽に問いかけた。
すると彼は一瞬キョトンとした表情を浮かべたけど、すぐに思い出した様な表情を浮かべ、
「あぁ、さっきね」
と、あからさまに言った。

少しだけ、彼は思案するように黙った。
俺は、黙って彼の言葉を待つ。

穏やかな沈黙が流れた。
屋上で感じた沈黙とは全く別の、心地よい沈黙。

もう、夕方だ。
今何時だろう?
……まぁ、時間なんて、どうでも良いか…。










25:白い、ゴミ/千景視点
「コレ」
「え?」
思考が回り始めた脳に、そんな言葉が入って来た。
慌てて彼に目を向ければ、彼は、どこか不適な笑顔を浮かべて白い箱を俺に見せるように持っていた。
その、掌サイズの小さな箱は…。
見覚えのある、日用品。

「あ…ソレ…」
「やめるよ。友達の忠告だしな」
どこか、友達と言う部分を強調したように聞こえたのは、気のせいだろうか。
まぁそれは良いとして。

彼は、緩く笑うと、手に持っていた箱を握りつぶして、手近にあったゴミ箱に投げ入れた。
白いゴミは、鉄のゴミ箱に吸い込まれるように落ちていった。
「……良いの?」
「だって昨日、君があんまり真剣に言うから」
昨日、あの時…笑い飛ばしたクセに…。

なんだ……。
気に、してくれてたんだ…。


「じゃあ、俺コッチだから。急がないと間に合わないんじゃないの?」
ニッコリ笑って、公園の時計を指さす。
間に合わないって、何に…?
首を傾げながら、時計を見て。
絶句した。

現在の時刻は、三時五十分。
電車の発車時刻は、四時……。

「あぁ!」

その関連性に気が付いて、俺は慌てて駆けだした。
振り返らずに。


後ろの方で、「また明日」と言っている悠斗の声が、聞こえた気がした。










26:また、明日……/悠斗視点

「さよなら」じゃなくて、「また明日」。
なんか少し、温かい感じだ。


家の鍵を開けて、中へと入る。
中には、誰もいない、シンとした空間が広がっていた。
「ただいま」を言う、相手はいない。
だからいつの間にか、言わないのが習慣になった。

溜息を吐きながら、靴を脱いで床に上がる。
フローリングの床は、ヒンヤリと冷たかった。


ソファに荷物を投げると、ボスッと大きな音を立ててクッションに吸い込まれた。
上着も適当に脱いで、ソファの背もたれ辺りにかける。
そのまま、俺は三人掛けのソファに、うつ伏せに倒れ込んだ。


いつから、だろう…。
この三人掛けのソファを、一人で使うようになったのは。
両親は滅多に家に帰ってこない。
小さい頃はよく、帰って来ていたけど…俺が大きくなるにつれて、段々…帰ってこなくなった。
同時期に。
俺の、成績に関して言うようになった。



『ウチに出来損ないはいらない』



あの、冷酷な言葉が頭に蘇って、ギュッと目を瞑る。

アレを言われたときは、心臓を鷲掴みにされたような感覚だった。
まるで、「勉強の出来ないお前はいらない」と言われているようで…。
グッと、右の手に拳を作って握りしめる。


何で…俺は、こんな風になってしまったんだろう。


『コレは、体に悪いからやめた方が良いよ』


不意に。
真剣な目で言われた、あの言葉が蘇った。

俺の事を、本気で…心配、してくれている目だった。
彼なら、俺の……内面も、ちゃんと見てくれて。
居場所に、なってくれる…か…?

………きっと、誰よりも俺が、ソレを望んでいるんだろう。

「……俺の傍に…いて……欲しいんだ………」

そして、俺の存在を、認めて欲しい……。


呟いた言葉は、誰にも聞かれないまま、静寂の中に消えていった。
また、シンとした空気が辺りを包んだ。


また明日、おはようって、言ってみよう。




後編へつ・づ・く★

→後編


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